新馬場通り——通称「日峯(にっぽう)さん通り」は、藩祖・鍋島直茂公を祀る松原神社の参道として、かつては佐賀随一の旅館街・料理街として賑わった。
森鴎外も宿泊したと伝わる老舗旅館「松川屋」がその象徴であり、往時の風情を今に伝える建物が、通りの記憶を静かに残している。
通りの近くには、明治21年(1888年)に営業を始めた「佐賀米穀取引所(佐賀米会所)」があり、九州有数の米取引拠点として活況を極めた。
大晦日や初詣の季節ともなれば、通りは一晩中人の波が絶えることなく、店々は笑い声と灯りに包まれていたという。
だが、時代の流れとともにその賑わいは次第に遠のき、今では静かな町並みが残るのみ。
そんな新馬場通りで、再び“人の往来と温もり”を取り戻そうと奮闘している一軒がある。
それが、姉妹で営む料理処——料庵『川松』だ。
昔と今の新馬場通り


その昔、新馬場通りには三つの鳥居が並び、松原神社の参道としての荘厳な姿を見せていた。
しかし時代の移り変わりとともに鳥居は撤去され、いまはその面影もほとんど残っていない。
現在、この通りに軒を連ねるのは、居酒屋や焼き鳥屋などの料理店が数軒、そして古くから続く質屋のみ。かつての賑わいは静けさに包まれている。
それでも、通りを歩けば、往時の記憶がふと顔を覗かせる。
森鴎外も宿泊したと伝わる「松川屋旅館」の漆喰の白壁、当時では珍しかった木造三階建ての旅館「井徳屋」の姿、そしてレトロな写真館。
どれも、新馬場通りが“佐賀の時代の証人”であったことを今に伝えている。
この通りをもう一度、人が行き交う活気ある場所にしたい——。
そんな想いと、町おこしの一環として誕生したのが、
料庵『川松』である。
この小さな料理処には、「食を通して通りをもう一度賑わせたい」という姉妹の願いが込められている。
通りの記憶とともに生きるその姿勢こそが、新馬場通りの“今”を支える静かな力となっているのだ。
新馬場通りにある料理屋
料庵『川松』は、静かな新馬場通りに暖簾を掲げる料理屋だ。
扉を開けると、ふわりと出汁の香りが迎えてくれる。
どの一皿も上品で繊細な味わいながら、しっかりとした旨味が広がり、心まで満たされるような満足感に包まれる。
この日いただいたのは、『川松』を代表する御膳——「えびす御膳」。
鯛のお刺身をはじめ、前菜、煮物鉢、野菜の揚げ物など、季節の恵みが少しずつ並ぶ。
ひとつひとつ丁寧に仕上げられた料理には、姉妹のまごころが感じられ、器の中に“静かな贅沢”が宿っている。
そしてもう一品。
名物の「かるかん蒸し」を添えていただいた。
見た目こそ茶碗蒸しに似ているが、山芋をベースに仕上げるため、まったく異なる口当たりを持つ。
山芋のほのかな甘みと重なり、ひと匙ごとにやさしい旨味が舌に広がる。
佐賀でこの“かるかん蒸し”を味わえる店は多くない。
だからこそ、『川松』のかるかん蒸しは、ここでしか出会えない特別な一皿だ。


丁寧な接客で落ち着く雰囲気
料庵『川松』は、川松範子さんと川松祐子さんの姉妹が切り盛りする小さな料理屋。
二人の穏やかな人柄が、そのまま店内の空気を形づくっている。
この日伺ったのは、ちょうどお昼どき。
店内には、料理を楽しむお客さんたちの明るい笑い声が響き、あたたかな雰囲気に包まれていた。
6人掛けのテーブルが3つ、そしてカウンター席にも次々と料理が運ばれ、どの席にも「ゆったりとした時間」が流れていた。
上品でやさしい味わいの料理は、特に女性客に人気が高い。
実際、この日訪れたときのお客さんは全員が女性で、皆、笑顔で会話を弾ませていた。
その理由は、料理の美味しさだけではない。
柔らかな声で迎え入れ、さりげなく気配りをする姉妹の接客が、店全体を包み込むような安心感を生み出しているのだ。
ついつい長居してしまいたくなる——そんな居心地の良さが『川松』の魅力のひとつである。

おわりに
普段はなかなか足を向けることのない、新馬場通り。
ゆっくり歩いてみると、かつての面影を残すレトロな建物や、時代を語る古い町屋が静かに佇んでいる。
今回は、昔賑わったと言われるこの通りを歩きながら、往時の姿を思い描いてみた。
道いっぱいに人が行き交い、笑い声と灯りが溢れていた頃——。
その情景を想うと、胸の奥が少し温かくなる。
今は静まり返ったこの通りにも、
美味しい料理と姉妹のもてなしの心で、温もりを灯す場所がある。
時間があるときは、ぜひ一度、新馬場通りをゆっくり歩いてみてほしい。
そして、料庵『川松』で季節の料理を味わいながら、
静かで豊かな“佐賀の時間”を感じてみてはいかがだろうか。
お店情報
店名 | 料庵 川松
場所 | 佐賀市松原3丁目3ー31
新馬場通り
電話 | 0952ー27ー3268
営業時間| 11時30分~14時00分
定休日 | 火曜日・木曜日
支払 | 現金のみ
駐車場 | 新古賀駐車場利用可
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