空手道の上達は、見取り稽古・口伝・体得という三つの学びの循環で深まります。
まずは人の動きを見て学ぶ(見取り稽古)。つぎに言葉で教えの理を受け取る(口伝)。そして繰り返しの実践で身体に染み込ませる(体得)。この順に、理解は外側から内側へと育っていきます。
しかし、ここに落とし穴があります。こちらが言葉でどれだけ説いても、それがそのまま「伝わる」わけではないということ。子どもたちは「聞いたことがある」「知っている」という感覚は持っていても、実際には頭に入っていない/身についていないことが少なくありません。
今日のテーマは、まさにこの差です。
「知っている」止まりなのか、それとも「気づいた」に変わったのか。
子どもの成長に不可欠なこの「気づき」について、もう一段深く考えていきます。

「知ってる」と「気づき」は大違い
私たち指導者は、子どもたちの上達と成長を「気づき」から実感します。
「お、この子は気づいたな!」
「やっと、そこに気づいたか!」
——そんな瞬間が、私たちにとって成長の確信となるのです。
しかし、多くの子どもたちは「知っている」と思っている段階で止まってしまいます。
「知っている」と思うがゆえに、その先を探ろうとせず、疑問を持つこともなくなるのです。
簡単に「知ってる」と「気づき」の違いを例えると——
誰もが「火は熱い」と知っていますよね?
でも、それは“知識”としての理解に過ぎません。
実際に火に手を近づけ、熱さを体で感じた瞬間、
初めて「火って本当に熱いんだ!」と気づくのです。
その瞬間から、火の扱い方が変わります。
これこそが、「知っている」と「気づき」の決定的な違いなのです。
「気づき」を促す指導法
古賀道場での指導では、子どもたちが「気づく」ことができるように促すことを何より大切にしています。
しかし、人が「気づく」瞬間というのは、ことわざにもあるように——
「お尻に火がついてから」という場面が多いものです。
つまり、気づいた時にはすでに手遅れ……そんな経験を経て初めて、本当の学びが生まれることがあります。
例えば、稽古中になかなか集中できず、話を聞かず、真剣に取り組めていない子がいたとします。
私はもちろん注意はしますが、ひどく叱ることはしません。
なぜなら、叱っても本人は「わかった」と頭で理解したつもりになるだけで、
「気づき」には至らないことが多いからです。
先に述べたように、言葉で伝えるだけでは「知っている」にとどまってしまうのです。
そこで私は、その子が自分で「気づける」ように、
昇級審査会のような“気づきの場”を活用します。
待ちに待った昇級審査会で、あえて厳しく不合格を伝えることがあります。
その瞬間、子どもはハッとするのです。
「自分のやり方では通用しない」——その事実に初めて気づく。
この気づきこそが、次の成長への扉です。
一度その瞬間を経験した子は、稽古への姿勢や意識が見違えるほど変わっていきます。
このような「気づきの機会」は、日々の稽古の中にも、
また大会のような特別な場面にも、いくつも存在します。
私たち指導者の使命は、
子どもたちがその一つひとつの中で、
「良い気づき」と出会えるよう導いていくことなのです。
気づいたら後は成長あるのみ
自分の成長や目標に向かって上達を目指す中で、良い気づきを得た子どもたちは確実に変化していきます。
「知っている」から「気づいた」に変化した瞬間、
その子の中で理解の深さが一段変わります。
ただ“知っている”ではなく、自分の中で意味づけしようとするのです。
やがて、自分に必要な事柄に対してアンテナが立つようになります。
アンテナが立った子は、私の言葉を一つも聞き逃さず、
それをすべて自分の上達の“肥やし”にしていきます。
見本を真剣に見るようになり、稽古中にも自分の動きに疑問を持つようになります。
疑問を持つということは、考えること。
考えるからこそ、技も心もどんどん自分のものへと成長していくのです。
「気づき」を得た子どもたちは、自然と努力を始めます。
まわりから見れば「すごく頑張っているように見える」かもしれません。
けれど本人にとっては、それは努力ではなく“当たり前”のこと。
自分の目標に向かって、やるべきことをただ淡々と積み重ねているだけなのです。
実は“努力”という言葉は、他人が認めてくれる評価なのかもしれません。
「自分は努力している!」と言う人ほど、
まだどこかに余力を残していることが多い。
だからこそ、そうした人はなかなか望む成果を手にできないのです。
「気づき」を得た子どもたちは、確実に成長していきます。
それは外からの強制ではなく、自分の内から芽生えた力によって成長していく。
この瞬間こそが、教育や指導の中で最も嬉しい瞬間だと、私は感じています。
まとめ
人の成長において、「気づき」は大きな影響を与えます。
私たち大人でさえ、まだまだ「気づけていない」ことがたくさんあります。
当たり前だと思っていたことが、実はそうではなかった——そんなことに後から気づかされることも多いものです。
子どもたちの成長においても、この「気づき」を与えることはとても重要です。
そして同時に、それが最も難しいことでもあります。
「勉強できるようになってほしい」と願っても、
「勉強しなさい!」「やりなさい!」と繰り返しても、
本人が気づかない限り、心には響きません。
いくら「勉強しないと困るよ」と言葉で伝えても、
その言葉が“気づき”に変わらなければ、行動は変わらないのです。
子どもの成長を本当に望むなら、
まずは「どうすればこの子が自分で気づけるか」を考えること。
その工夫こそが、教育の本質だと思います。
これを読んでくださっているお父さん、お母さんにも、
ぜひお子さんが「自分で気づける」ようなきっかけを、日々の中で与えてあげてください。
その一つひとつの“気づき”が、きっとお子さんの人生を大きく成長させていくはずです。
「教える」ことよりも、「気づかせる」こと。
それが、子どもたちの未来を明るく照らす最初の一歩です。
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