親父にかけた、「祝い」という名の呪い

細川 亮のといといといの森

『といといといの森』へ、ようこそ。 細川亮です。

ここは、「答えのない問いを、一緒に歩く場所」。 今回も、僕の足元で拾った、少しとがった、でも温かい「問い」を、皆さんとシェアしたいと思います。

今回の問いは、 「いつか来る『別れ』のときに、僕たちはどう在るべきか?」 です。

問い① 今、なにを感じているか

11月30日。 理学療法士をしている弟から電話がありました。

「親父が、大動脈剥離で緊急入院した」

大動脈剥離。一歩間違えば、即死もあり得る病気です。 弟の声は、専門職らしく冷静でした。でも、その奥にある「ギリギリだった」という緊迫感も伝わってくる。 幸い、剥離した箇所がかさぶたのように修復されつつあり、緊急手術は免れたものの、予断を許さない状況だと。

そんな電話を受けたとき、僕の心はどうだったか。

驚くほど、静かでした。

「そっか。そういうことも、あるよな」

冷たいわけじゃないんです。 ただ、体にストンと事実が落ちてきた感覚。 動揺して取り乱すでもなく、ただ「あぁ、運がよかったな」と、事実をありのままに受け止めている自分がいました。

不思議な巡り合わせで、僕はその日、ちょうど父が入院した福岡市内に用事がありました。 まるで「呼ばれている」かのようなタイミング。

ICU(集中治療室)に向かう道中も、僕の心は凪いでいました。 見えない僕にとって、世界の急激な変化は、いつも「音」や「空気」でやってきます。 でも今回は、僕の周囲の空気はいつも通りで、ただ一つ、「父の命」という灯火だけが、風前の灯のように揺らいでいる。

その対比を、どこか客観的に見つめている自分がいました。

問い② なぜ、そう感じるのか

なぜ、僕はそこまで冷静でいられたのか。

ICUに入ると、電子音がピコピコと鳴り響いていました。 管に繋がれた父。 僕は父のそばに行き、その手を握りました。

僕たち親子には、昔から習慣があります。 実家に帰って、また自分の家に帰るとき、別れ際に必ず「握手」をするんです。 「またな」「元気でな」という言葉の代わりに、ギュッと手を握り合う。

だから、ICUのベッドの上でも、僕は迷わず手を握りました。

ゴツゴツとした、分厚くて、大きな手。 その手から伝わってくる体温を感じた瞬間、理屈じゃなく、直感で分かったんです。

「あ、この人は全然いけるわ」

弱々しさなんて微塵もない。 そこには、61年間生きてきた「生活者の厚み」と、まだまだ燃え尽きていない「生命力」が脈打っていました。 その手の感触が、僕に「大丈夫だ」と教えてくれたんです。

それに、僕自身が「見えない」生活をしていることも大きいのかもしれません。 僕にとって、世界は「当たり前」に続くものではなく、常に変化し、揺らいでいるもの。 だから、「人はいつか必ず死ぬ」という事実も、決して遠い話じゃないと、肌感覚で知っています。

父の大動脈剥離は、僕たちが普段見ないようにしている「今日死んでもおかしくない」という当たり前の事実を、ただ可視化させたに過ぎない。 そう腹落ちしていたから、僕は動揺しなかったのだと思います。

だから僕は、決めました。 このICUという非日常の空間で、徹底的に「日常」をやってやろう、と。

父は、酸素マスク越しに弱気なことを言いました。 「61まで生きたから、もうよか……」

僕はそれを遮って、笑い飛ばしました。 「何言いよっと。まだ早かろうもん」 「ていうか、駐車券の処理、どこですると?」 「ねえ、今のうちに隠し財産とかないの? 暗証番号、聞いとくけど」

父も笑っていました。 「財産なんかないわ」

側から見れば、不謹慎に見えるかもしれません。 でも、僕にとってこれは、父への最大の敬意なんです。

もし僕がここで、泣きながら「死なないで」とすがったら、それは父を「死にゆく人」として扱うことになってしまう。 それは、父の「生」に対して失礼だと思ったんです。

どんなに管に繋がれていても、父は今、生きている。 僕のくだらない冗談に、笑い返せる日常がそこにある。

僕は「人間を面白がる達人」でありたい。 たとえ相手が死にかけていても、その人間臭さを、生々しさを、最後まで面白がって関わり続ける。 それが、僕なりの「命の肯定」なんです。

問い③ だから、どうありたいか

帰り際、僕は父にこう言いました。

「あのさ、2026年の1月2日、実家の近くのホテル、もう予約したから」

僕と妻のじゅんちゃんが泊まるためのホテルです。 僕の実家では、正月は必ず家族全員が集まってお祝いをするのが毎年の慣習になっています。

父は昔、沖縄から身一つで出てきて、母と出会いました。 母子家庭で育った父。父にとってのおばあちゃん(僕から見たら曾祖母)の手一つで、大切に育てられたそうです。

最初はたった一人だった父の人生。 それが今では、僕と妻。弟夫婦と、その子どもたちである甥っ子や姪っ子たち5人家族。そして妹夫婦……。 父の周りには、こんなにも賑やかで、大きな家族の輪が広がっています。

きっと父にとって、この「家族」こそが、人生をかけて築き上げた一番の財産であり、誇りなんです。

だから僕は、あえてこう付け加えました。

「だから、ちゃんとそこに来てよね。祝いの『呪(のろ)い』、かけといたから」

「祈り」ではなく、「呪い」。 あえて、この言葉を選びました。

一般的には、「神様、助けてください」と祈るのが正しいのかもしれません。 でも、僕は思うんです。 「祈り」も「呪い」も、本質は同じ、強い願いのエネルギーだと。

仏教的な視点で言えば、生きることは「四苦八苦」であり、ある種の「業(カルマ)」を背負うことです。 むしろ、死ぬことのほうが「成仏」であり、苦しみから解放される「祝い」なのかもしれない。

父は「もう十分生きた」と言いました。 それは、ある意味で「もう楽になりたい(祝いへ行きたい)」という本音だったのかもしれません。

だからこそ、僕は「呪い」をかけたんです。

「まだだめだ。まだそっち(祝い)には行かせない」 「この苦しくも、面倒くさくも、愛おしい『生』の世界に、もっと留まってくれ」 「あんたが作ったこの最高に騒がしい家族と一緒に、まだ笑って過ごしてくれ」

それは、「生きていてほしい」という、僕の強烈なエゴであり、執着であり、愛です。

綺麗な「祈り」で神様に委ねるのではなく、 泥臭い「呪い」で、僕たちの日常に父を縛り付ける。

「分かったわ。呪われたなら、しょうがねえな」 父はそう言って、またニヤリと笑った気がしました。

別れ際、もう一度、父の手を握りました。 「またね」 「おう、またな」

いつか来る別れのとき。 僕はきっと、泣くでしょう。 でも、それまでは。 この「呪い」が解けるその時までは。

僕は、あなたと会えるこの一瞬一瞬を、徹底的に面白がって、笑い飛ばして生きていきたい。

あなたには今、そんなふうに、泥臭く「生」を共にしたい人はいますか? もしいるのなら、次の約束という「呪い」を、かけてみてもいいかもしれません。

「また来週」 「今度、あれ食べに行こう」

その小さな呪いが、きっと明日を生きる灯火になるはずだから。

(※2025年12月4日追記) 現在、父は絶対安静のため入院中です。 特段の変化はなく、静かに闘病を続けています。 「呪い」が効いて、また賑やかな正月を迎えられると信じて。

▼この記事を読んで、あなたに生まれた「問い」はありますか? よかったら、コメント欄で聞かせてください。 答えはなくても、大丈夫です。

細川亮

細川 亮(ほそかわ りょう)
「みえるか企画」代表。「人間臭さ、歓迎。」をスタンスに、「一番痛い本質」に光を当てる「鏡」としての「問いかけの人」。
2022年、PCの文字を読む能力を失ったことを転機に、「見えないからこそ、見える世界」の探求を本格化。五感を開き「余白」を生み出す「ゆるコーヒー講座」は、佐賀県教職員互助会などからの依頼を受け開講され、累計250名以上が受講。
また、これまでのすべての活動を通じた累計1,000人以上にのぼる対話経験を活かし、1on1で「本質的な問い」と向き合う新企画「哲学対話-Takibi-」を2025年11月に始動。
著書に『みえるか Vol.1 便利は幸せなのか。不便は不幸なのか。』(武雄市図書館でのトークイベント登壇など)。「便利さ」や「生産性」が追求される現代社会に、根源的な問いを投げかける。
SAGAローカリストアカデミー2025選出。SAGA2024全国障害者スポーツ大会 陸上競技100m銀メダリスト。

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コメント

  1. 江口善紀 より:

    今まで「祈り」と「呪い」の関係について考えたことは一度もありませんでした。

    でも、「呪い」こそが、お父様の「生」に対する最大の敬意だったのですね。

    まだまだですよ、と。。

    なるほど、とても考えさせられました。
    ありがとうございます。

    お父様の一日も早いご平癒をお祈り致します。

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